「沁風」
駅前の商店街にイルミネーションが灯り、
店先のクリスマスの飾りに目を引かれる。
街全体が、慌ただしく浮かれているようだった。
多分、オレも、クリスマスを楽しみにしてる一人なんだろうな
と思いながら、ゾロは目的の場所に向かう。
やってきたのは、レストラン オールブルー。
ランチタイムが終わるぎりぎりに滑り込んだ。
「いらっしゃい。」
サンジがカウンターから声を掛ける。
「ランチ、一つ。」
「あいよ。」
カウンターに座ったゾロの前に、水の入ったグラスを置くと、
厨房に姿を消す。
暫くして、湯気の立つ皿を手に戻ってきた。
「おまたせ。」
何か言いかけたゾロだったが、出された料理を
先に平らげることにした。
「いただきます。」
手をあわせるゾロを、サンジは眺める。
「ありがとうございましたァ。」
ゾロが、食べ終わる頃には店内の客は
皆、居なくなっていた。
「今日は一人か?」
「あぁ、ジジィが腰が痛いだの言いやがって。
今日は、病院だ。
・・・ったく、無理すんなって言ってんのに、
人の言うこと聞きやしねぇ。」
「そうか、じゃあ、忙しかったんだな。」
「な、なんだよ、てめェに心配されると、気味がワリィ。」
サンジがギョッとする。
ドアに「CLOSE」の札を掲げて戻ってくると、コーヒーを二人分淹れるいれる。
黙って、ゾロの前に置くと、
「吸うぞ。」
と返事も待たずに火を付けた。
ふ~~~っ。
サンジがはき出す煙が上に昇っていく。
ひと仕事終えた後の、至福の一時。
サンジの横顔は、満足げだった。
「で?」
いつものように、サンジに促される。
すっかり料理に満足したゾロが、
思い出したように背筋を伸ばした。
「あ、あぁ。ちょっと付き合ってほしい所があるんだけど。」
「なんだよ、珍しいな、お前が頼み事なんて。ははん、たしぎちゃんか?」
どうしてこいつは、こうも、
言い当てることが出来るんだろうと
思いながら、ゾロは話し出す。
「もうすぐ、クリスマスだろ。せっかくだから、
なんか、喜びそうなもんあげようかと。」
「ふ~ん。それは一人じゃ買いに行けないもんなのか?」
「いや。そういう訳じゃ・・・」
ニヤリと笑うサンジ。
「あ、そういやぁ、駅前に新しいレストランが出来てな、
味を見に行きたいと思ってた所だったんだよなぁ。
ま、明日は休みだし・・・よし、そこのランチで手を打ってやるか。」
「ほんとか!助かったぁ。」
「じゃあ、明日11時に、駅の改札で。」
ホッとしたように帰っていくゾロを見送った。
あいつ、幸せそうだな。
サンジは、ふっと笑うと新しい煙草を手に取った。
暫く弄んでいたが、火を点けずに、また箱に戻す。
店の奥の休憩場所に行くと
足をソファに投げ出して、仮眠をとるべく
目を閉じた。
*******
次の日、
ゾロとサンジが向かったのは、アクセサリーを扱う店だった。
「そんな高いもんは、買えねぇけど。なんかこう・・・」
「分かってんよ!ここなら、たしぎちゃんに似合うもんあるだろうよ。
ま、ゆっくり探しな。」
ゾロは真剣にショーケースを覗いている。
店員に話しかけられ、しどろもどろしているゾロを見かねて
サンジが寄ってくる。
「彼女に送るんだって!おれなら、あなたに送りたいなぁ。」
「あら、お客様、ご冗談を。」
若い店員も、まんざらでもなさそうに話し始めた。
サンジが相手をしてくれている間に、ゾロはネックレスを一つ選んだ。
シルバーの、細長い四角のペンダントヘッドの上の方に、
小さい石がはめ込まれている。
シンプルだけど、たしぎに似合うと思った。
「あ、お姉さん。コイツにこれ包んでやって。
わぁお、扱う指先も白魚のようだ!」
無事にプレゼントを手にすると、ゾロは大仕事を終えたように
ホッとした。
買い物をした客に抽選で、プレゼントがあるということで
何やらクジを引いた。
急に大きな鐘を鳴らされ、「おめでとうございまーす!3等賞です!」
と、小さな箱と数枚の割引券を渡された。
店を出て、よく見ると箱の中身はピアスだった。
「さすが、宝飾店だな。プレゼントが増えてよかったじゃねえか。」
隣で、サンジが口笛を吹く。
「いや、あいつは、ピアスはしてねぇんじゃないかな?」
答えながら、たしぎの耳の感触を思い出す。
「今日、付き合ってくれた礼だ。お前にやるよ。」
「はぁ?いらねえよ、そんなもん。ランチで充分だ。」
サンジが眉をひそめる。
「だって、お前なら、贈る相手・・・多いんだろ?」
「バーカ!いねぇよ、そんなもん。」
視線を外すと、すっと先に行ってしまった。
****
サンジに連れられて行った店は、
お洒落な洋食屋だった。
運ばれてきたランチは、確かに美味かったが、
ゾロの腹には、少し足りなかった。
目の前に座るサンジは、一口一口、味わっている。
特に会話もなく、食べ終わると席を立った。
「ごちそうさん。」
会計を済ませ、店を出ると、サンジは煙草に手を伸ばす。
「どうだった?オレは、お前の店の方が、美味いと思うけど。」
「はは、気ぃ使わなくてもいいぜ。なかなか美味い店だぜ、ここも。
・・・ま、お前にゃ、ちょっと足りなかったかもな。」
笑うサンジに、少しホッとする。
「こんな風にいろんな店、巡ったりすんのか?」
「まあな。」
「ふうん。休みなんかデートで忙しいのかと思ってた。」
「あのなぁ、お前、俺の事、どんな奴だと思ってんだよ!」
「・・・女好き・・・」
「バーカ!!!」
吸いかけの煙草を、消す。
「お前、まだ時間あんのか?」
「あぁ、今日はなんも予定がねぇ。」
「じゃ、付き合えよ。店で流すCD探しに行く。」
ゾロの返事を待たずに、サンジは歩きだした。
****
大きいCDショップで、何枚か選んで
買い物はすぐに終わった。
少し考えた様子で、サンジは
「もう一件ある。」と言って駅に向かった。
電車でふた駅乗って、向かった店は
古いレコードを扱っている店だった。
サンジがお目当てのレコードは見当たらず、
何も買わずに店を出た。
「オールブルーに、レコード流れてたっけ?」
「たまに、夜なんか流したりすんだよ。」
「よく、来るのか?あの店。」
「たまにな・・・いや、随分久しぶりだ。」
駅前の昔からのデパートにサンジは入って行く。
「今度は、どこ行くんだよ。」
ゾロの疑問には答えずに、サンジは、最上階へと向かう。
そして、屋上へと出た。
昔は賑わっただろう、屋上の遊戯場。
スナックを売る売店は閉まり、小さなステージは何の予定もないらしい。
ベンチだけが、所々に置かれている。
かろうじて流れている音楽が、クリスマスであることを教えてくれる。
こんな所に、なにがあるんだ?
ゾロは首をかしげた。
12月の空は少し、どんよりとしていて、
風は冷たかった。
柵のすぐ側のベンチに腰を下ろして街を眺める。
さっきまでいた、賑やかな空気は消え、
クリスマスで浮かれた街とは別世界だった。
「ほらよっ!」
サンジが投げてよこした缶コーヒーを受け取る。
両手でその熱を覆う。
柵に寄りかかったまま、サンジが煙草に火をつける。
「久しぶりだな、ここ。」
「よく来てたのか?」
「あぁ。」
「あのレコード店もか?」
「あぁ。」
「一人で?」
「・・・・」
サンジの脳裏に、ゾロと同じ場所に座る女の姿が甦る。
「別に、どうかしたいなんて思ってもなかった・・・」
遠くを見つめるような目をして、サンジは話し出した。
あの人の笑顔が見れればそれでよかった。
「一緒に、食事に行って、古いレコードを探したり、
新しいメニューの味見なんかもしてもらったな。」
サンジの顏が優しくなる。
「・・・家庭があったんだ・・・」
空を見上げるように、上を向いて大きく煙を吐き出した。
「そんなこと、俺には、関係ないと思ってた・・・」
クルッとゾロに背を向けると、柵に乗せた腕に
額を置いた。
ゾロはゆっくりと、立ち上がって
サンジの脇に並んだ。
ただ、目の前の空と街並みを見つめながら。
「全部、失っちまった。」
俺の知らないところで、全部、一人で・・・
「ずっと連絡が取れなくてな。やっと店に電話があった時には
もう、『故郷に戻ることになった、さよなら。』そんだけ・・・」
なんとか、帰る日を聞き出して、
朧気に聞いたことがあった故郷の話しから空港に行った。
その日、一日中探していた。
ひと目、会いたいと思って。
「会えたのか?」
ゾロが、尋ねる。
「・・・あぁ。」
「よかったな。」
「あぁ、何で来たのかって、なじられた。」
ゾロは、思わず、サンジの方を見る。
「あのまま、顏を合わせないで離れたかった。
俺の顔を見たら、恨んでしまいそうだから。
私を、惨めな女にしないでくれって・・・」
サンジの目には、涙で訴える女の顔が鮮明に浮かぶ。
その一言、一言が、今でも胸に突き刺さる。
ほとんど灰になってしまった煙草を最後に深く吸い込んだ。
長く、長く吐き出す煙は、いつまでも漂っていた。
「ただ、好きになっただけなのにな・・・」
「・・・あぁ。」
そう返事をしただけで、
ゾロは、それ以上、何も言えなかった。
眼下に見える街に、車のヘッドライトが見える程、
いつの間にか、夕闇が二人を包んでいた。
「せっかくのコーヒー、冷めちまったな。」
「そうだな。」
「ま、いっか。」
サンジが、ぐんと身体を伸ばす。
「もう、こんな時間か。行こうぜ。」
「あぁ。」
ゾロは、ただ、頷く。
「・・・酒でも飲むか?」
歩きだしたサンジの背中に声を掛ける。
「あ?なんで男とグラス傾けて、何が楽しいんだ。俺、これからデートなんだ。」
「は?」
「ほら、さっきの宝石店の女の子。6時に仕事が終わるって言ってたから。」
「はぁ?」
サンジのあっけらかんとした物言いに、思わず、声が裏返る。
「なんだよ、人がせっかく・・・」
「せっかく?」
「いや。」
たぶん、そんな事は必要ないんだろうな、とゾロは思った。
「バーカ。」
今日、何回言われた?その言葉と、ゾロは考えながらも、
からかうように、笑うサンジは、普段と変わらなかった。
******
その週末は、ゾロの所属する陸上部の
クリスマス会兼忘年会があった。
部の公式行事ということで、飲み会にあまり参加しないゾロも
顔を出していた。
引退いた4年の先輩も顔を見せてくれていた。
殆どが就職先も決まり、いろいろとアドバイスをくれたりする。
「ゾロ、お前はどこ狙ってるんだ?」
「はぁ、まだ、何も考えてないです。」
「ったく、今から動いてないと、もう遅いくらいだぞ。」
「そうなんですか?」
「こいつ、彼女出来て、今、それどころじゃないんですよ!先輩!」
横から、同期が口を挟む。
「うるせ~な。そんなんじゃねぇ!」
「そうか、青春だなぁ。まぁ、飲め、飲め!」
「就職したら、彼女と離れ離れになる奴なんか、
いっぱいいるしな。あと、仕事覚えるのが先で、
どうしても続かないんだって。」
「そういやぁ、お前の彼女、地元に戻って就職だってな。」
「あぁ、遠距離恋愛・・・俺、自信ねぇなぁ~。」
ゾロは、目の前で交わされる先輩達の会話に圧倒されていた。
将来、いや一年先だって、想像もつかねぇ。
そんな気持ちを飲み干すかのように、グラスを傾けた。
*******
「お疲れ様でした。」
二次会の店を出て、先輩達と別れた時は、
もう終電も無くなっていた。
とはいえ、大学の最寄りの駅前のことだ。
歩いて帰れば済むことだ。
少し飲みすぎたと思いながらも、ゾロは酔ってはいなかった。
てくてくと、アパートに向かって歩き出す。
「ゾロ先輩!」
後ろから声がして、振り向いた。
自転車を引いて歩くペローナがいた。
「おう、お疲れ。なんだ、最後までいたのか?」
「だって、会計だったんだよ。」
「へぇ、それは大変だったな。」
「あれ?お前ん家、こっちなのか?」
「あぁ、橋の先だ。ゾロは?」
部活では、先輩と呼ぶようになったペローナだが、
人がいなければ、ついつい戻ってしまう。
「オレは、団地のもっと先。」
「走って帰るのか?」
「馬鹿!吐いちまう。」
こんな時まで練習すると思われてんのか?と笑ってしまう。
「へへへ、だよな。」
つられて、ペローナも笑う。
酒が入っているのだろう、ペローナの顔も赤くなっているように見える。
「あ、プレゼント交換、何もらった?」
「あぁ、そういやぁ、タオルだったかな。」
参加者が予算内でプレゼントを用意して、男女で交換するという
いかにも学生のノリのクリスマス企画だった。
「あたしは、ハンカチだった。」
「無難だな。」
どうしたって、誰に渡るか分からない贈り物なんて、
そんなものになってしまう。
「あ~~ぁ、クリスマスだぞ!なんか、こう、アクセサリーとか
欲しいよな~!」
ペローナが口を尖らせながら愚痴を言う。
「へぇ、お前でもそんな事、言うのか?」
「どういう意味だよっ!」
ゾロは、たしぎへのプレゼントをアクセサリーにして
良かったと思った。
「おい、ちょっと自転車貸せ。」
「?」
急に言われて、驚きながらもペローナは、
ハンドルをゾロに渡した。
当たり前のように、自転車にまたがると、
「乗れ。」とペローナに指図する。
「え?」
「橋の先まで歩くって、遠いだろ。
乗っけてってやる。オレも途中まで、楽できるしな。」
いたずらっ子のように笑うゾロ。
「酔っぱらいだろ!お前。」
「もう醒めたよ。ほれ、寒いからとっとと乗れ。」
「つ、捕まるぞ。」
「平気だよ。」
おずおずと荷台に横座りする。
「そうやって乗るのか?危なっかしいな。
お前こそ、しっかり捕まってろよ。」
バイクとは違うなと思いながら、グンと力を入れて
こぎ始めた。
ペローナの手がゾロの脇腹に添えられる。
「くすぐってぇ。もっとしっかり掴んどけ!」
無言で、ペローナの手が腰に廻された。
「あ、ありがとな。」
アパートの前で、自転車を降りたペローナが俯きながら礼を言う。
「オレも、楽できた。サンキュー。」
「なんなら、自転車、乗っていくか?」
「いや、もう走って帰れる。」
「やっぱり、走るんじゃねぇか!」
「あぁ、もう酒はすっかり抜けたしな。」
はははと笑うゾロにつられて、ペローナも笑顔になる。
「じゃ。」
背を向け、行こうとしたゾロが、急に思い立ったように振り返る。
「あ、そうだ。」
ごそごそとリュックの中に手を入れて、小さい箱を取り出した。
「これ、福引きで貰ったんだ。いるか?」
返事も聞かずにペローナの手に乗せる。
「アクセサリー欲しいんだろ。」
「え?」
「お前、ピアスしてるしな。」
「い、いいのか?」
「あぁ、貰ってくれ。」
戸惑っているペローナを見て、ゾロが笑う。
「あ、ありがと。」
「うん、じゃあな。」
軽く手を挙げ、ゾロは走り出した。
嘘だろ。
こんなことって。
夢みたいだ。
ペローナは、いつまでも、ゾロの背中を見つめながら
手の中の小箱を握りしめていた。
******
24日のクリスマスイブは、ゾロの部活は休みで、日中はバイトが入っていた。
たしぎも、昼間はバイトだと言っていたから、
夜にたしぎのアパートに行くことになった。
食事に行き、どこか夜景の綺麗な所にでも行こうか、と言ったら
たしぎは、自分が料理するから部屋でゆっくりしようと言ってくれた。
確かに、外はどこも混んでいるだろうし、ゾロは正直ホッとしたが、
去年に引き続き、何もクリスマスらしい事してないなと、申し訳なかった。
それでも、さっき「これから行く。」と電話したら、
待ってると返事するたしぎの声が、嬉しそうで
胸があったまった。
ゾロは、はやる心を抑えながら、プレゼントを抱え、
たしぎのアパートのチャイムを鳴らした。
「はぁい。」
中からたしぎの明るい声が聞こえる。
ガチャ。
ドアが開くと、そこにはエプロン姿のたしぎが立っていた。
「どうぞ。」
頷いて、靴を脱いで部屋にあがった。
もう、何度か訪れているたしぎの部屋。
慣れた様子で、革ジャンを脱いでハンガーに掛ける。
「待ってて。もう少しで出来るから。」
「いい匂いだ。」
「ふふふ、今日はちょっと自信あるんだぁ。」
嬉しそうに鍋の中を見ながら、混ぜるたしぎの横顔が
とても綺麗だと思った。
暫く、見つめていたゾロは近づいて
そっと背中から、たしぎを抱きしめた。
「ロ、ロロノア・・・出来ましたから・・・
ちょっと・・・待って下さい・・・」
火を止め、ゾロの腕にたしぎの指先が触れる。
「・・・オレ、幸せだ。」
唐突に、口から出た言葉に、自分でも驚く。
それでも、この言葉に偽りはないと、
たしぎを抱きしめる腕に力を込める。
「あ・・・あたしもです。」
俯くたしぎの頬に唇を寄せる。
「ずっと、離したくない・・・」
たしぎは黙って、こくんと頷いた。
ゾロは、心からずっと一緒にいられることを願った。
「どうしたんですか?急に・・・」
たしぎが、ゆっくりと振り返る。
ゾロと目が合った。
「どこにも、行ったりしません。」
優しく微笑むと、たしぎはゾロを、そっと抱きしめた。
澄みきった冬の星空の元、二人の夜は静かに更けていく。
キャンドルの火が揺らめきながら、灯るように。
暖かく、そして、儚げに・・・
〈完〉