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たしぎがコウシロウの元へ来てから、十日が過ぎようとしていた。
顔色も悪かった、たしぎも床を離れ、家事を手伝うまで回復していた。
道場に通う子供達の騒がしい程の声が、かえってよかったのかもしれない。
竹刀を振る姿を眺めては、ほほ笑む姿があった。
そんな折、たしぎがコウシロウにひとつお願いがあると、切り出した。
「あの、くいなさんのお墓参りに行きたいんです。」
コウシロウは静かにたしぎを見つめると、やはり優しく笑いながら、
「よろこんで、くいなも喜ぶと思います。少し山道ですが、大丈夫ですか。」
快く返事をしてくれた。
くいなの墓の前で、手を合わせるたしぎを少し離れた場所から見守るコウシロウ。
寺の和尚がやってきて、なにやら話しかける。
「・・・ほんと、うりふたつとは、こういうことだ・・・」
とぎれとぎれに、声が聞こえてくる。
ねぇ、私はここに来てよかったのかな。
まだ、わからないの。
どうしたらいいのか・・・
たしぎは、心の中で、話しかける。
道場への帰り道、コウシロウが言いだした。
「たしぎさん、あなたには、こっちの方がいいかもしれません。」
連れられてきたのは、小高い丘。
遮るものが何もない、海も山も村も見渡せる場所だった。
「くいなは、この場所が好きでした。辛いことや、悲しいことがあると、
よくここに来ては、ずーっと座っていました。
一晩中、月を見ていたこともありました。
ゾロと二人、よくここで勝負してたみたいです。
くいなが、亡くなってから、ゾロは一人で、ここで稽古してましたね。」
遠い海を見やりながら、コウシロウが話してくれた。
この場所で、ロロノアは何を想っていたのだろう。
丘を下る途中で小さい小川を渡った。
上流の方に眼をやると、深紅の藪椿が枝いっぱいに、咲き誇っていた。
お寺の境内をぐるっと取り囲むように連なって植えられている。
「あ・・・。」声をあげるたしぎにつられ、コウシロウも顔をむける。
「椿ですか。今年も、たくさん咲いてくれましたね。」
そして、思い出したように話し出す。
「昔、ゾロが、あの椿の花を全部落っことしてしまったことがありましてね。
寺の和尚にこっぴどく怒られて、あやまりもしないものだから、
本堂の柱に一晩中縛りつけられて、だいぶ絞られてました。」
「あんなことをするような子じゃないんですけどね。頑として口を割らなかったんですよ。」
懐かしそうな表情を浮かべる。
それを聞いて、たしぎが可笑しそうに笑い出す。
「くいなさん・・・くいなが、川を流れる椿の花が、奇麗だって。
椿って、武士には嫌われてるじゃないですか、首が落ちるように花が落ちるから。
でも、その潔さが好きだって。それを聞いて、ロロノア、くいなの喜ぶ顔が見たくて、
枝をゆすって花を全部、小川に流してやったって。」
ゾロの名を呼ぶたしぎの顔が、やさしく緩む。
「そしたら、くいなに、何も無理に落とすことないでしょって、思い切り怒られたって。
和尚様に叱られたより、効いたみたい。・・・ふふ。」
「そうですか。そんなことがあったんですか・・・」
「ふたりで、くいなのことを、忘れずにいてくれて、・・・本当に、嬉しいですね。」
たしぎは、そう話すコウシロウの顔を見つめる。
やわらかな風が頬を撫でていく。
たしぎは、椿に近づいて行く。
ポトリと、花が一つ川に落ちる。そのまま流れていく様を目で追う。
また、ポトリ、足元に。
それを拾うと手に乗せたまま、コウシロウの元へ戻る。
誰に向かって言うでもなく、自分に言い聞かせるように呟く。
「手紙を出そうと思います。
無事を知らせたい。
何も、何も言わずに来てしまったから・・・」
〈続〉